核データ研究グループ

レーザー核分光

  • コリニア・レーザー分光
  • 放射性同位体の原子スペクトルの超微細構造(語注1)や同位体シフト(語注2)を高い分解能で測定します。
    測定結果から、これらの原子核の電磁気モーメントや荷電半径の変化量などの原子核構造の情報が得られます。
  • アブレーション・レーザー分光
  • アクチノイドなど高融点元素の同位体シフトを測定し、原子核荷電半径の変化量を決定します。
    原子核構造の研究以外にも、核燃料中のウランやプルトニウムの分析にも応用しています。
  • ガスセル・レーザー分光
  • 高融点元素の短寿命同位体の同位体シフトを測定するために、タンデム加速器で生成されるこれらの
    核種をオンラインで測定する手法を開発しています。
  • 共鳴イオン化分光
  • 分解能はやや悪いですが、高い感度を持っています。
    理化学研究所のRIBF施設で生成される非常に中性子過剰な不安定核の電磁気モーメントを測定することを計画しています。
  • 動的自己核偏極を用いた不安定核の偏極法の開発
  • 化合物半導体の電子を極低温中でレーザー励起すると、その原子核が動的核偏極により大きな偏極を示します。 この現象を利用した原子核偏極法の技術開発を行ない、原子核モーメントの測定に用いていく予定です。
[語注]
(1) 超微細構造
原子核の電磁気モーメントにより、原子準位が微細な分離をすることです。
(2) 同位体シフト
同位体間の原子核質量や核荷電半径の違いにより、原子準位が同位体間でわずかにずれることです。

コリニア・レーザー分光
コリニア・レーザー分光では、レーザーと高速のイオンビームを共軸上(コリニア)に重ね合わせます。 このようにすることにより、原子スペクトルの超微細構造や同位体シフトを高い精度で測定することができます。 超微細構造や同位体シフトからは、原子核の電磁気モーメントや原子核荷電半径の変化量などが得られます。 これらの物理量は、原子核の構造を解明するのにたいへん有用です。 原子力機構では、原子炉やタンデム加速器で放射性同位体を製造できる利点を活かして、La、Ce、Prなど軽い希土類元素の放射性同位体のレーザー分光に世界で初めて成功し、 これらの原子核の電磁気モーメントや荷電半径の変化量を決定しました。また、原子炉やタンデム加速器では製造できない放射性同位体のコリニア・レーザー分光を行うために、 我々のグループは理化学研究所やカナダのTRIUMF研究所の大型サイクロトロンでも研究をおこなっています。
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コリニア・レーザー分光装置の概略図


La-137

La-137(半減期60000年)、La-135(20時間)の超微細構造スペクトル

アブレーション・レーザー分光
アブレーションとは、強いパルスレーザーを固体試料に照射した時に、試料の一部が原子やイオンとなって放出される現象です。 これを用いると、通常の方法では蒸発させにくいアクチノイドなどの高融点元素でも、原子状態にすることができます。我々のグループでは、 アブレーションで放出された原子に波長可変レーザーを照射して、レーザー誘起蛍光分光やレーザー吸収分光をしています。 研究の目的は、これまで測定の難しかった高融点元素の放射性同位体の同位体シフトを測定し、そこから同位体間の原子核荷電半径の変化量を決定することです。 それによってこれらの原子核の核構造を明らかにすることができます。
また、アブレーション・レーザー分光の手法を、核燃料中のUやPuの同位体比の分析に応用する研究も行っています。
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アブレーション・レーザー分光装置の概略図

*チェンバー内にはArガスが入ります。


ガスセル・レーザー分光
W、Re、OSなどの中性子欠損同位体は、原子核が非軸対称に変形していると予測されており、 核構造模型を検証する良い対象です。レーザー分光で得られる同位体間の原子核荷電半径の変化量は、 核構造を知るのに鍵となる物理量です。しかしながら、これらの元素は高融点であることから、これまで放射性同位体のレーザー分光は行われていません。 そこで我々のグループでは、加速器からの重イオンビームで生成され、ターゲットから飛び出した核反応生成物をガス中で捕獲し、 オンラインでレーザー分光する手法を開発しています。これによって、W放射性同位体の同位体シフトを測定し、 そこから核荷電半径の変化量を決定します。この手法は、短寿命(~ミリ秒)の核種でも測定することが可能です。 実験装置は、原子力機構のタンデム加速器に設置してあります。この研究は、理化学研究所、高エネルギー加速器研究機構の研究者と共同で行っています。
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ガスセル・レーザー分光装置の概略図

*タンデム加速器のイオンビームライン(真空)とガスセル(Ar)とは Ni箔のウインドーで区切られています。レーザービームは◎の点を通過します。


共鳴イオン化分光
理化学研究所のRIBF施設のサイクロトロンでは、安定同位体に比べて非常に中性子数の多い放射性同位体が生成されます。 これらの核種をガスセル中で捕獲し、捕獲された原子にパルスレーザーを照射して、オンラインでイオン化する手法を開発しています。 イオン化は、波長の異なる2つのレーザーを用いて2段階で行います。1段目のレーザーの波長を捜査しながら、生成されるイオンを計数して共鳴を観測します。 この分光手法は、コリニア・レーザー分光に比べると分解能は悪いのですが、高い感度を持っています。 陽子数、中性数とも魔法数であるNi-78やSn-132の周辺の核種は、原子核構造の理論では大変興味が持たれていますが、 中性子過剰の不安定核種であるので実験が難しい核種です。共鳴イオン化分光では、高感度の特長を活かして、これらの原子核の電磁気モーメントの測定を計画しています。
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共鳴イオン化分光の概略図

動的自己核偏極を用いた不安定核の偏極法の開発
原子核は陽子と中性子で構成されており、限られた時間しか存在できない不安定核を含めると、 5000から6000種類存在すると予測されています。しかし、存在が確認されている原子核は3000種類程度にすぎません。 原子核は、陽子と中性子の組合せで様々な性質を示すため、包括的に原子核の性質を理論予測するのは難しく、実験と理論とで相補的に研究が進められています。

原子核に束縛された陽子と中性子によって発生する磁場は核磁気モーメントを形成しますが、 その大きさは原子核の内部構造を解明する重要なデータの一つとなっています。 核磁気モーメントを測定するには、原子核の向きをそろえて、核偏極した状態にする必要があります。 私たちは、核磁気モーメントを測定して、核構造を解明していくために、高い核偏極を実現できる動的自己核偏極(DYNASP:Dynamic Nuclear Self-polarization)法の開発に着手しました。
    DYNASPは、DyakonovらがGaAsやInPのような化合物半導体で起きると予言した現象です。直線偏光したレーザで、 化合物半導体の電子を伝導帯に励起すると、臨界温度(Tc ~ 数K)以下で、伝導電子と原子核の超微細相互作用により、 大きな核偏極が得られると指摘しています。私たちは、円偏光レーザによって電子を励起して伝導電子を偏極させた場合にまで、 理論を拡張しました。図1は、核偏極度の温度依存性を調べた結果です。電子の偏極がない場合(α = 0)、臨界温度以上(T/Tc > 1) で核偏極が消失しています。一方、臨界温度以下(T/Tc < 1)では、高い核偏極が得られています。伝導電子が偏極した場合(α > 0)、 臨界温度以上(T/Tc > 1)でも核偏極が得られています。図2は、伝導電子の偏極度(α)による核偏極度の変化を調べた結果です。 伝導電子の偏極度の変化に伴い、核偏極度がヒステリシス曲線を描くことがわかりました。
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図1 核偏極度の温度依存性

曲線横の数値は、伝導電子の偏極度に関するパラメーター(α)です。伝導電子が偏極した場合(α>0)、臨界温度以上(T/Tc > 1)でも核偏極が得られていることがわかります。


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図2伝導電子の偏極度による核偏極度の変化

臨界温度以下(T/Tc < 1)で、伝導電子の偏極の状態(α)を変化させると、ヒステリシス曲線に従って、核偏極が変化します。


    私たちは、DYNASPを検証するため、実験準備を進めています。図3は、実験装置の概念図です。 今後、DYNASP技術を確立し、不安定核の核磁気モーメントを測定し、核構造を明らかにしていく予定です。 また、DYNASPとNMR技術を組合せた、核偏極の制御技術等が確立されれば、半導体に関する研究や応用分野への波及効果も期待されます。

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実験装置の概念図

    レーザを左側から入射します。試料は、原子炉照射で放射化させたもので、放出されるβ線を検出します。 原子核が偏極するとβ線の強度分布が非対称になるので、そのことから試料中の核偏極度を求めます。

謝辞
研究は、科研費補助金 基盤研究(C)(課題番号21540307)の補助を受けました。

参考文献
[1] Koizumi, M. Goto, J. and Matsuki, S.,
Dynamic nuclear self-polarization with circularly polarized light,
Journal of Applied Physics, vol.110, no.1, 2011, 013911.
(本論文は、Virtual Journal of Nanoscale Science & Technology July 25, 2011号(24巻4号)にも掲載されました。)
[2]  未来を拓く原子力 2011 - 原子力機構の研究開発成果 - 、 p.80.



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