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光核反応データベースJENDL/PD-2016について

【ポイント】
● 自然界にある全核種を含む2600超の核種と光子との核反応データベースを開発
● 実験データと原子核反応理論に関する最新知見を投入し、信頼性を大幅に向上
● 放射線治療による被ばく線量の評価精度向上など、幅広い利用
 放射線治療による被ばく線量の評価に用いられる光核反応(X線やガンマ線などの光子1)と原子核2)との核反応3)のこと)データベース「JENDL/PD-20164)」を開発しました。
 従来、我が国にはJENDL/PD-2004(2004年公開)がありました。しかし、これには人体を構成する主要な元素のうち、天然存在比の大きな核種5)しか収録されていなかったため、未収録核種に起因する被ばく線量を考慮できず、人体に及ぼす影響を低く評価してしまうなどの課題がありました。
 核データ研究グループでは、天然に存在するほぼ全ての核種に加えて、多くの不安定な核種に対するデータを収録した光核核反応データベース「JENDL/PD-2016」を開発しました。このデータベースは主要な181核種の核反応断面積6)や発生する中性子のエネルギー分布を収録した標準版と2681核種からなる拡大版で構成されています。本データベースの開発に当たっては、核種数の充実だけではなく、最新の実験データや原子核反応理論に関する知見を反映することで、従来のJENDL/PD-2004に比べて、信頼性を高めました。
 今回、天然に存在するほぼ全ての核種に対する核反応データが収録されたことにより、従来のデータベースでは考慮できなかった核種に対しても線量評価が可能となりました。これにより、本データベースは放射線による治療計画に必要な線量計算など、放射線医療分野において活用されることが期待されます。
 また、本データベースは、電子線加速器施設における中性子発生を抑えた新たな遮へい材の開発や、核セキュリティ7)のための非破壊検査8)の技術開発、宇宙での超新星における光子誘起元素合成9)の研究など、幅広い分野での利用が期待されます。
 本成果は、下記ホームページより公開しております。



【研究開発の背景と目的】

 近年、電子線加速器を使って発生させたX線やガンマ線(これらを光子と総称)を利用して放射線治療が数多く行われており、この目的のための電子線加速器の台数は年々増加しています。電子線加速器のうち加速電圧が10MV10)を超えるものでは、発生する光子のエネルギーが大きくなるため、光子と人体、装置や遮へい材を構成する核種との核反応により中性子が放出されるようになります。この中性子が人体に吸収されると、陽子などの荷電粒子が生成され、その副次効果として異常細胞などの発生リスクが高まる可能性があります。また、装置や遮へい材に吸収されることで施設内の放射性核種が生成・蓄積し、従事者への被ばく線量の増加や廃止措置時に多量の放射性廃棄物が発生するなどの問題が懸念されていました。
 これらの影響を適切に評価し、低減する対策を講じるために、施設や運転状況を踏まえた放射線と物質との核反応シミュレーションが行われます。このシミュレーションを行うために必要なデータの一つが、光子と原子核との核反応の確率を記述した断面積データ(光核反応データ)になります。このような用途に対応した国産のデータは、2004年に68核種を収録し、日本原子力研究所(現原子力機構)から公開されたデータベースJENDL/PD-2004があります。加速器の構造材や人体を構成する元素は天然に存在する数個の核種(例えば酸素では、中性子の個数が異なる酸素16, 酸素17, 酸素18)から構成されています。しかしながら、このデータベースには、そのうち大きな存在比を持つ核種(酸素では、酸素16)の収録に限られていたため、元素を構成するすべての天然核種との光核反応による影響を詳細に評価することができませんでした。
 本研究では、元素を構成するほぼ全ての天然核種に対するデータを収録することで、放射線治療における被ばく線量などの詳細な評価を可能にすることを目的に光核反応データベースを開発しました。

【研究の手法】

 光子と原子核との核反応断面積を評価するには、基礎となる実験データが重要です。しかしながら、光子と原子核で起こるすべての核反応や入射エネルギーについて実験が行われてはいません。そこで、本データベースの開発にあたっては、核反応理論や核構造データなどに関する最新の知見を導入することで、実験データが皆無の核反応やエネルギーにおいても、説明性や信頼性を高めた予測値を与えました。また、人体への影響評価に重要な原子番号が20以下の元素では、原子核の励起準位11)に対応したエネルギーで見られる原子核と光子との共鳴現象が観測されています。この現象による断面積の大きな変化を適切なモデルで再現することによって、光核反応データの信頼性を向上させました。
 中性子などの粒子放出が起こるエネルギー範囲については、実用上十分なエネルギー範囲をカバーするように、光子が持つエネルギーとして約8MeVから140MeVまでを包含しました。特に、電子線加速器により発生する光子と人体や構造材を構成する核種との核反応で問題となる中性子が放出される10MeVから20MeVまでのエネルギー範囲については、実験データを精度良く再現していることを確認しています(図1)。

【得られた成果】

 電子線加速器の高加速電圧化に伴って発生する中性子が人体や施設へ及ぼす影響を詳細に評価するために、JENDL/PD-2004から収録核種数を大幅に拡充し、さらに発生した中性子の放出エネルギー分布や生成断面積の計算に最新の知見を反映したデータベース「JENDL/PD-2016」を開発しました。JENDL/PD-2016の標準版には利用頻度の高い181種、拡大版には天然に存在する核種12)(287種)及び不安定核種(2394種)を併せた2681種のデータが収録されています(図2)。これは世界最多レベルの収録核種数を持つ光核反応データのデータベースです(表1)。このデータベースには、原子核による光子の吸収断面積、中性子や陽子などの粒子の生成断面積及び放出エネルギーと角度の分布、核反応で生成された原子核(残留核)の生成断面積、核分裂断面積及び核分裂で生じた中性子のエネルギー分布などの多くの種類のデータが収録されています。
 天然に存在するほぼ全ての核種を考慮したことにより、例えばJENDL/PD-2004では酸素の天然核種として酸素16(O-16)のみが収録されていたために、15.7MeVより小さなエネルギーを持った光子との核反応では中性子の発生はありませんでした(図3)。しかしながら、JENDL/PD-2016を用いることで、O-16以外に天然に存在するO-17とO-18との核反応が考慮できるようになり、15.7MeVより小さなエネルギーで発生する中性子の影響を詳細に評価できるようになりました。
 JENDL/PD-2004から追加した核種には、放射線治療への利用に必要な核種の他に、核融合炉ブランケット材の候補合金に含まれるスズや長寿命核分裂生成核種であるテクネチウム99(Tc-99)、ヨウ素129(I-129)、セシウム135(Cs-135)などがあります。JENDL/PD-2016により、核融合炉において光核反応由来の中性子がトリチウム生成量に及ぼす影響の評価や光子を用いた長寿命核分裂生成核種の安定もしくは短寿命核種への変換量推定へも利用が可能となっています。
 さらに、光子と原子核との核反応の確率を記述する光核反応データは、「電子線加速器施設における中性子の発生を低減する遮へい材の研究開発や施設の放射化量13)推定、従事者などの被ばく評価」、「核分裂炉において光核反応で発生した中性子による臨界性への影響評価」、「核セキュリティのための光子を用いた核分裂性核種の非破壊検査」、「宇宙での超新星爆発における光子誘起元素合成に関する研究」など広い用途での利用が期待されます。

図1 酸素16(O-16)と光子との核反応により酸素15(O-15)が生成される断面積。この反応では同時に中性子1個が放出されるので、実験データには中性子1個を生成する(γ,1n)反応断面積が示してある[1]。JENDL/PD-2004は実験データよりもかなり小さかったため、放射性O-15(半減期 2分)の生成量を過小評価する可能性がありました。また、オランダで開発されたTENDL-2015は、光子のエネルギーに対する実験データの大きな変化を再現していません。JENDL/PD-2016では、軽い原子核に特有の断面積構造を評価することで、実験データへの再現性を高めました。
 加速器施設において空気に含まれる酸素がO-16(γ,1n)反応を起こすことで、O-15が生成されます。O-15の生成断面積の高精度化により、放射性核種の生成量に対する推定精度の向上が期待されます。

[1] この実験データには中性子及び陽子を1個ずつ生成する(γ,np)反応による寄与も含まれます。しかしながら、(γ,np)反応が起こるには光子が23MeV以上の大きなエネルギーを持つ必要があるため、このエネルギー以下ではO-15が生成される断面積とみなすことができます。


図2 JENDL/PD-2016とJENDL/PD-2004における収録核種の比較。陽子数が56までの収録核種が下図に、57以上の核種が上図(中性子数は上軸に記載)に示してある。


図3 酸素と光子との核反応による中性子の生成断面積。酸素を構成するすべての天然核種(O-16,O-17,O-18)を考慮した断面積(赤線)とO-16のみの場合の断面積(黒線)が比較してある。電子線加速器(加速電圧16MV)を用いて発生する光子の個数分布(任意の大きさ)を青破線で示す。光子の個数は小さなエネルギーで多いため、O-17、O-18との核反応で発生する中性子の生成量はO-16のみと比較して4倍程度大きくなっている。
 JENDL/PD-2004では収録されていなかったO-17, O-18のデータが、JENDL/PD-2016では収録されたため、16MeV以下の光子に対し正確な中性子発生量の評価が可能となった。


表1 データベースの概要



【用語解説】
1) 光子
光(電磁波)を粒子として表したときの名称。原子核2)から放出される大きなエネルギーを持つ光はガンマ線と呼ばれる。また、加速した電子を原子に衝突させて発生する光はX線と呼ばれる。
2) 原子核
陽子と中性子の集まりであり、電子とともに原子を構成している。原子核は構成する陽子と中性子の個数で区別される。例えば、ウラン235は陽子が92個、中性子が143個で構成され、ウラン238の場合は、陽子の個数はウラン235と同じであるが、中性子の個数は146個とウラン235より3個多い。
3) 核反応
高エネルギーの光子などの放射線と原子核との間の相互作用。これにより中性子や陽子などの放射線の放出、放射性核種の生成などが起こる。
4) JENDL/PD-2016
JENDL Photonuclear Data File 2016(JENDL 光核反応データファイル 2016)の略。JENDLはJapanese Evaluated Nuclear Data Libraryの略で、原子力機構が開発している放射線と原子核との核反応に係わるデータを収録したデータベースである。
5) 核種
原子核の種類。原子核を構成する陽子と中性子の数で区別される。
6) 断面積
核反応の起こりやすさを表す物理量。面積の次元を持ち、10-24cm2を1バーン(b)とする単位で表される。断面積は入射する光子のエネルギーによって大きく変化する。1mbは1bの1/1000の大きさである。
7) 核セキュリティ
核物質などが犯罪行為に使用されないための対応や探知を行うこと。
8) 非破壊検査
対象を壊さずに内容を検出し、調べること。輸送貨物中に核燃料物質が隠されていた場合に、数MeV以上のエネルギーを持つ光子を貨物に照射すると、光子が核燃料物質に吸収されて核分裂反応を起こす。この反応で発生した中性子を検出することで、核燃料物質の存在を確認する。
9) 超新星における光子誘起元素合成
超新星爆発に伴って星内部が高温になることで発生したエネルギーの高い光子と原子核との核反応により原子核から中性子や陽子などが放出され、中性子や陽子数の少ない原子核が生成される。
10) MV
電圧を表す単位であり、メガボルトの略。M(メガ)は100万を表すSI接頭辞の記号で、1メガボルトは100万ボルトに対応する。なお、電子1個を10MVの電圧で加速すると、電子が得るエネルギーは10MeVになる。
11) 励起準位
エネルギーの付与により原子核が励起する場合には、それぞれの原子核に固有の離散的なエネルギー状態のみが可能である。この状態に対応する準位を励起準位という。
12) 天然に存在する核種
国際純正・応用化学連合(International Union of Pure and Applied Chemistry、IUPAC)で編集された元素の同位体に関する組成データ(2013年版)において、組成比が与えられている289核種。
13) 放射化量
光子や中性子などと原子核との核反応により生成される放射性核種の量。加速器や原子炉施設の廃止措置を行う上でこの量の評価が重要となる。

Modified at 2018/05/11 13:24 [JST]

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