2000年核データ研究会報告

- 2000 Symposium on Nuclear Data -


2000年核データ研究会実行委員会
委員長 山野 直樹 (住友原子力)


 国内外の核物理・核データ関連分野で活躍する研究者・技術者が一同に会し, 研究成果を発表する日本原子力研究所(原研)シグマ研究委員会・核データセン ター主催の標記研究会が2000年11月16日,17日の両日,原研東海研究 所で開催された。
 本年度はアジア・オセアニア諸国との研究交流のため,アジア諸国(中国,タ イ,バングラデシュ)から4名の研究者を推薦により本研究会に招聘した。参加 者は155名,そのうち海外からの参加が7名であり,国内から参加した外国人 9名を加えると,参加者の1割が外国人という国際色豊かな研究会として定着し た感がある。
 本年度も昨年度と同様Poster Presentation Award(ポスター発表賞)を設けた。 本年度は原研の今野力氏と九大の池内丈人氏が受賞された。

プログラム

 特別講演として,日本原子力学会核データ部会長である日本海洋科学振興財団 の更田豊治郎氏より,日本における核データ研究の先駆者であり,本年相次いで 急逝された百田先生と中嶋先生の追悼講演が行われた。40年近いシグマ委員会 の歴史を概観され,多くの先達の努力によって築かれたシグマ委員会は,世界に 例を見ないプロジェクト運営方法で多くの成果と優秀な研究者を輩出しており, 自他共に誇るべきものであるが,しかし原子力を取り巻く環境は依然厳しいのも 事実であり,一層の努力が望まれると述べられた。

 「最近の実験に関するトピックス」セッションでは3件の発表が行われた。金 沢大の坂本氏から,中高エネルギー領域における,放射化学手法を用いた光-?中 間子放出反応の系統的実験研究の成果が報告された。多くの標的核における(?,?+), (?,?-xn)反応の収率より,核構造や系統性についての議論がなされた。原研の永目 氏は,タンデム加速器に設置されたヘリウムガスジェットISOLを使用した重元素 の生成とその核化学研究の成果が報告された。最近では,261Rfや262Dbが生成さ れ,生成原子数が微量であってもその化学的性質が定量的に評価できる興味深い 発表であった。また,理研の小沢氏より,中性子ドリップライン近傍での新しい 魔法数16の発見とその解釈についての報告がなされた。RIビーム応用としての具 体的成果であり,今後の発展が大いに期待される。

 JENDL-3.3の評価の概要と積分テストに関する3件の発表が行われた。最初に, 原研の中川氏よりJENDL-3.3における評価の要点と変更点が報告された。シグマ 委員会では,核データ専門部会に重核評価ワーキンググループ(WG)と中重核 評価WGを設置して,JENDL-3.2で問題となった233,235,238U,239,240,241Puや23Na, 54,56,57,58Fe等の核種を重点的に再評価した。また,評価データの積分テストは,炉 定数専門部会のリアクター積分テストWGとShielding積分テストWGで実施して いる。再評価では,全断面積,核分裂,非弾性,捕獲断面積や核分裂スペクトル が大幅に見直されている。次に,JENDL-3.3の積分テストとして臨界ベンチマー ク結果が原研高野氏より報告された。高速炉体系としてZPPR-9, FCA-XVII-1, JEZEBEL, GODIVA, FLATTOP,熱炉体系はTCA, JRR-4, TRX, STACY, TRACYを選 定し,モンテカルロコードMVPを用いて実効増倍係数を比較した。JENDL-3.2で 問題であったkeffの過大評価は改善されたことが確認された。引き続き,住友原子 力の山野氏より,ナトリウム,鉄,ニッケル,バナジウム,タングステン等の遮 蔽ベンチマーク解析による積分テスト結果が述べられた。SDT-4, JASPER(IVFS-IC, IHX-IB)体系によるナトリウムの結果はJENDL-3.2と同様に実験との一致は良好 である。鉄については,ASPIS, FNS, KfK, IPPE, NISTの結果より,JENDL-3.2より 改善されているが若干の差異が0.7〜1MeV間で見られる。バナジウムはJENDL-3.2 より改善されているが,1keV以下の中性子束が依然過小評価している。タングス テンはガンマ線生成を含めて改善されている等が報告された。

 国際セッションでは4件の発表があり,タイのSiangsanan氏 (OAEP)からモン テカルロコードSIPHONの開発が発表され,Am-Be線源による水中の中性子減衰 実験の比較では,MCNPと同様に良い一致が得られたことが報告された。中国の Liu氏 (CIAE)からは,中国の核データライブラリCENDL-3の積分テスト活動が紹 介された。WIMSD5A用の69群炉定数をNJOY97を用いて作成し,TRX-1,2, BAPL-1,2,3, Zeep-1,2,3の臨界ベンチマーク計算を実施した結果が述べられた。 CENDL-3はCENDL-2.1よりkeffの予測精度が改善されている。バングラデシュ原 子力研究所のChakrobortty氏 (BAEC)からは,TRIGA炉におけるZrHxの水素の 束縛状態を考慮した場合のKeffについて,ENDF/B-VIを処理したWIMSライブラ リ (P1) を用いて,WIMSD-5計算値間の比較を報告した。韓国浦項加速器研究所 のKim氏(POSTECH)は,PALに設置された100MeV電子線型加速器の概要とタン タルターゲットシステムの報告を行い,タンタルターゲット周囲の冷却水の水位 を変えた場合の中性子収率や時間スペクトルをMCNP4Bで計算し,TOF法により 測定された中性子スペクトルについて議論した。

 JENDL-3.2の積分テストとして2件の発表が行われた。最初は原燃工の高田氏 より,NUPECがフランスCEAと共同で実施したMOX軽水炉体系臨界実験 (MISTRAL)の解析にJENDL-3.2を適用し,SRAC-MVPによる解析を実施した結果 が報告された。各種の炉物理特性の解析では,実験体系を詳細にモデル化するこ とにより,測定値との一致は良好であり,JENDL-3.2の適用性が確認された。し かし,反応率比については一部測定値との不一致が見られた。次に, JNCのDietze 氏より,NEA/NSCの国際協力プログラムであるJENDL-3.2, JEF-2.2, ENDF/B-VI 間の相互比較を目的としたSEGおよびSTEKのサンプル反応度価値の解析結果が 報告された。構造材核種および弱吸収体に対する反応度価値はJENDL-3.3と JEF-2.2で不一致が見られる。他方,強吸収体の場合は良好な一致が得られている ことが発表された。

 原研の岩本氏は,およそ20億年前に存在したガボン共和国のオクロ天然原子炉 の試料からサマリウムの同位体存在比に着目して,重力定数や電磁相互作用定数 の時間変化が導き出せるかという挑戦的なテーマについて発表された。その結果 は最大でも10-17 y-1の変化率であるという結論であるが,オクロ原子炉から基本定 数の時間変化を捕える可能性に着目したところが,まさに科学的発想であり,大 変興味深かった。次に,日大の丸山氏からは,QMDの改良として,50〜100MeV/u のエネルギー領域における核子−核子反応の反応断面積に対して精度良い結果を 得るための修正平均自乗半径の取り扱いについて発表された。原研の山口氏は, 医学用原子分子・原子核データグループの活動を報告すると共に,放射線防護で 必要な外部・内部被曝評価に重要な崩壊データ (ENSDF)の見直し作業について発 表した。

 九大の渡辺氏は,現在実施されているJENDL-HEの評価の状況を報告した。評 価手法として,20MeVから150〜250MeVまでは,ESISPLOTやGNASH等を用い, それ以上のエネルギーに対しては系統式やJQMDと統計崩壊模型を用いている。 シリコン,鉄,銅,タングステンについて,全反応断面積や弾性散乱の角度分布, DDX,核種生成断面積等の測定値との比較を報告した。核種生成断面積に若干問 題点があるが,それ以外では測定値と評価値は良好な一致が得られていることが 報告された。次に,評価データの積分テストとして,原研の前川氏とMRIの義澤 氏よりJENDL-HEを用いたベンチマーク解析の結果が発表された。JENDL-HEの 積分テストとしては本邦初公開である。前川氏は,中高エネルギー核データ積分 テストWGの活動状況を報告すると共に,本WGで選定されたベンチマーク問題 の中から,TIARAおよびRCNPの鉄体系における中性子入射問題に対するMCNPX の結果が発表された。測定値との比較では概ね良好な一致が得られているが,細 部については今後の検討が必要であると述べられた。義澤氏からは,56Feの評価 の報告がなされると共に,陽子入射によるLANLの鉄およびTIARAの銅に対する Thick Target Neutron Yield (TTY)の測定値との比較が述べられた。鉄については, 113MeV入射では前方で若干過小評価が見られるが,後方および256MeV入射では 良好な一致が得られている。また,銅については,90MeV入射で後方で若干過小 評価の傾向であるが,それ以外の角度では良好な一致が得られたことが発表され た。

 ポスターセッションは研究会の両日,昼休みを含んでそれぞれ2時間づつ行わ れた。発表件数は40件(2件はキャンセル)で,昨年の46件より6件の減少 であるが,内容については昨年と遜色ない内容のものが多く見受けられた。その 内訳は,測定に関するもの15件,理論と計算に関するもの17件,積分テスト 4件,ソフトウェア3件,施設のレビュー1件であった。

ポスター発表賞

 本年度の核データ研究会では,昨年度に引き続きポスター発表賞を設けること とした。選考基準や選考方法は昨年と同様であるが,受賞者1名のみでは学生な ど若手研究者が栄誉を獲得するのは無理ではないかとの意見があり,今回は3名 を対象とした。結果は原研の今野氏と九大の学生である池内氏が受賞した。もう 1名は授賞式を欠席したので残念ながら無効となった。本人は貰えるものと思っ ていなかったらしい。

会場並びに懇親会の雰囲気

 本年度も原研東海研の先端基礎研究交流棟の会議室におい て研究会が行われたので,照明や空調も快適であり,また広さも適当であった。 ただ,トランスペアレンシーの投影画面が若干小さく,後ろの座席の参加者には 見えにくかったと思われる。20ポイント以上のフォントの使用が望ましいこと を毎回口頭発表者に要請しているが,残念ながら守られていない。議論は1日目 の最初から質問・コメントも多く活気があった。本年度は昨年準備できなかった 集合写真を撮影した。

SND2000 Photo (Click here, you can see a large photo (233 kB).)

 懇親会は1日目の夜,阿漕ヶ浦倶楽部で行われ,参加者は64名で盛会であっ た。学生とOBには懇親会費の特別割引があるため,学生とOBの参加が18名 と多いのが本研究会の懇親会の特徴である。第一線の研究者と懇談できることは 学生にとって良い刺激になると思われるし,若者に核データ分野に魅力を持って もらうことはさらに重要なことである。

おわりに

 2000年核データ研究会の概要を紹介した。本年度のプログラム構成として, 核データ評価者と利用者に興味あるテーマである,評価と積分テストを中心とし た口頭発表を設定した。天候に恵まれなかったためか,参加者が昨年度より若干 減少したことは残念である。JENDL-3.3やJENDL-HEの公開を目前にして,核デ ータ分野の研究者・技術者にとって,最新情報を交換する場として本研究会が果 たすべき役割は今後ともますます重要になると考えられる。国内利用者のみなら ず,アジア地域諸国の協力関係を含めた利用者との連携において一層の努力が必 要と思われる。
 今年の研究会でも,外国人が参加者の1割を占めた。ハンガリー,韓国からは 著名な研究者も参加した。本研究会のプロシーディングスはJAERI-Confシリーズ で毎年英文で発行されており,外国人研究者によるその引用頻度も極めて高い。

(2000年11月30日記)